メタバース空間が不登校生たちの「居場所」に

「誰もが可能性を創出できる世界へ」をテーマにさまざまな議論が交わされたセッション。メタバースが果たす新たな社会インフラとしての役割と課題や、ダイバーシティ&インクルージョンの実現おいてどのような活用が求められているのかなどの意見交換がなされました。

佐竹 麗 氏:一般社団法人たまに 代表理事
宮田 裕章 氏:慶應義塾大学 医学部 教授
小塩 篤史 氏:東京⼤学大学院 情報学環 特任准教授
水瀬 ゆず 氏:一般社団法人プレプラ 代表理事

VRChatを用いた不登校支援プログラムを企画運営する水瀬氏は「どんな人にも等しく“居場所”が作れるという意味で、メタバースはツールではなく、存在自体が社会」だと語ります。
不登校支援プログラムの立ち上げは、自身が4000時間以上をメタバース空間で過ごすうち、たまたま親しくなった不登校生徒との出会いがきっかけだと明かします。「学校に行けないけれど、誰かと話したかった」という生徒の言葉が強く印象に残ったとも。
「自宅にいながら、姿や声を変えてアバターとして体験を共有したり、さまざまな人々ふれあったりすることが容易になるという実例を目にし、感銘を受けました。不登校だった友人は、メタバース空間内で多くの人と交流し、自信をつけて学校に行けるようになりました。さまざまな理由から生きづらさを感じる人が“自分らしく”過ごせる社会をリアルに、そして容易に構築できることに可能性を感じています」
2022年には広島市で実証実験を実施。不登校の高校生たちにVRゴーグルを無料で貸与、自宅からメタバース空間で2週間過ごしてもらうプログラムです。バーチャル空間で活躍するクリエイターとの交流をはじめ、VR世界旅行や不登校経験者との対話などさまざまな体験が共有できる「居場所」を提供しました。
「皆さんからはバーチャル空間での体験や交流が楽しかったとの声が寄せられ、その後登校に至るなど好影響も出ています。メタバース空間ならある種現実をこえた居心地の良さを実現できるのではないかと考えています」

水瀬 ゆず 氏

 

水瀬氏のプログラムについて、宮田氏は自身の体験から「教育分野はもちろん、医学領域にも応用できる部分が多くある」と話します。
「学校や病院、現実世界のあり方に違和感を持つ人たちにとって、メタバース空間はさまざまな障壁を取り除きながらコミュニケーションの本質に迫る場としても大きな可能性を秘めています。人と人が会話し、心を通わせ、いろいろなことを学んでいくという点にフォーカスするというところでは、精神医療においても示唆に富む素晴らしい取り組みだと感じました」
一方で「アバターで姿を変えても、現実世界と同様、マウンティングのように人間ならではの軋轢や対立が起こるのではないか」との意見も。これに対して水瀬氏は「人間が人間である限り起こりうる文化」として捉えていると語り、だからこそ臨床心理学の専門家の協力のもと、各参加者にはメンターを配置するいった対策に配慮したと言います。「傾聴の技術などを学んだメンターのサポートで“文化”としてどんなパターンでも受け入れられれば、障壁として乗り越えられると感じています」

宮田 裕章 氏

優しいテクノロジーを実装したAIアバターによる高齢者ケア

AIアバターを使って高齢者のQOL向上に取り組むサービスを展開する小塩氏も、「ダイバーシティ&インクルージョンについて論じることは、イノベーションのセッションであり、とがった新しい挑戦を続けることにこそ意義がある」と両氏に賛同。
ただし、不登校生がデジタル強者としてメタバースの魅力を享受できるのに対し、デジタルに不得手な人、高齢者にどう寄り添えるかが課題でもあると語りました。
「人が技術に寄っていくだけでなく、技術を人側にちゃんと寄せていく“優しいテクノロジー”を実装していくことを意識しています。さらに大事なのは、技術が人の可能性を閉じることがあってはならないということです。インフラとしてのメタバースはもちろん重要ですが、インクルーシブネス(受容性)やダイバーシティという観点では、メタバースのコンテンツとしての幅をもたせることが大きな研究テーマだと考えています」
小塩氏の会社では健康な状態から要介護状態に至る中間のフレイルを予防するための対話型のAIアバター『トモニ』を開発。岡山市と協力し、市役所設置したタブレットAIアバターを搭載し、高齢者が声を出して回答するだけでフレイル状態の判別が可能となる取り組みを行いました。
「AIアバター活用により、フレイルに対する関心を高める、従来紙でチェックを行っていた実施機関の負担軽減などメリットは想定していました。ただ驚いたのが、高齢者の皆さんにアンケートを取ったところ、9割以上の皆さんから満足、おおむね満足との声をいただいたことです」と小塩氏。

小塩 篤史 氏

「アバターと喋るのとても楽しかった」との意見を聞いた小塩氏は「高齢者の健康を保つためにはやはり人とつながることが大きな意味を持ち、メタバースの活用がさらに開発されるべき分野だ」との思いを深めたと言います。
「認知症へのアプローチで用いられる回想法は、高齢者が過去を思い出すことで不安や混乱を解消し、生き生きとした心を取り戻す心理療法の一つです。メタバースなら時間・空間・人間をたどる旅の実現も容易に実現できます。足腰が弱って旅行するのが難しい方も旅行体験ができる、今まで会ったことない人と会う…そういうコンテンツが高齢者にとって有益になるのは間違いありません」
高齢者福祉に関わる機会の多い宮田氏は「今の日本の介護は食事、排泄、入浴を中心に平均的な内容をこなすに過ぎない」と言います。「1人1人に寄り添う介護を行うことや、高齢者の個性を大切にすること、生きがいを開く意味でもメタバースの新しい可能性が期待できるプロジェクトだ」と述べました。「人が一番接しやすいインターフェースは結局、人です。心の健康という面では、年代に関係なくメタバースが寄与する側面は大きい」と水瀬氏もうなずきます。

国はD&I実現に向けた挑戦を支える体制を整備すべき

最後にモデレーターの佐竹氏より、活動を促進していく上でどんなサポートが必要になるかを問われた水瀬氏。「個々人に寄り添う社会福祉の観点から収益化が難しいこと、さらにメタバースの活用は効率化とは真逆にある」と述べます。
宮田氏は「日本の医療、介護や福祉は制約が多く、先進的な取り組みが難しい」と指摘します。
「お2人が取り組む教育や介護は生まれ持ったものもあれば、いろいろな不運、巡り合わせもあり効率から外れて支援を受けられない人たちも出てくるもの。多様性と包摂性を持ったサポートは国や行政、公にしかできない部分であり、そういった可能性にアプローチする人たちを、エンパワーする施策が必要だとお話を伺って再認識しました」

 

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