静的・動的データの活用が進む建設業界

このセッションでは、デジタルツインの実現に向けたゼネコンや自治体の取り組みを通して、今後の都市開発の課題と可能性が議論されました。

豊田 啓介 氏:東京大学 生産技術研究所特任教授 建築家(左)
澤田 伸 氏:渋谷区 副区長CIO / 一般社団法人シブヤ・スマートシティ推進機構 理事(中央左)
政井 竜太 氏:株式会社 竹中工務店 情報エンジニアリング本部 本部長(中央右)
湯淺 知英 氏:株式会社大林組 土木本部 先端技術推進室 技術開発部 / DX本部生産デジタル部 副課長(右)


最初に湯浅氏から、大林組でのデジタルツイン開発の現状が語られました。同社の建設領域では近年、3次元情報にさまざまな情報を入れることのできるBIMや、PLATEAUに代表される点群データが利用されるようになってきたといいます。さらに、これらの静的データに加えて、IoTセンサーで取得した人の情報や重機や車両の位置情報といった動的データも活用され始めています。

「BIMをはじめさまざまなデータが使われるようになってきたものの、まだ現実世界の建設のやり方は変わっていないのが課題です。今後は、現実の業務を変えていったり、エリア全体のマネジメントに展開したりすることが必要だと思っています」(湯浅氏)

湯淺 知英 氏


データ活用で人とロボットの共創をめざす「コモングラウンド」

続いて竹中工務店の政井氏が、豊田氏と共に大阪で実証している「コモングラウンド」の取り組みついて紹介しました。コモングラウンドは、リアル空間とデジタル空間をつないで情報を共有することで、人とロボットが共創する社会の実現をめざすデジタルツイン基盤です。

「ロボットのセンサーで情報を取得すると同時に建物の空間情報をロボットに与え、それらを一緒に扱う実証を進めています。IoTプラットフォームの『ビルコミ』を介することで、3次元のBIM上に作ったデジタルツインからリアル空間の照明や空調を操作するといった設備の制御も可能です」(政井氏)

政井 竜太 氏


このほかに、センサーで取得した人流データも3D空間上でリアルタイムに可視化されます。また、蓄積したビッグデータを活用して空間の評価分析を行うこともできるとのこと。

さらに政井氏は、「空間ID」という新しい概念も紹介しました。これは、空間をボクセルと呼ばれる立方体のボックスに区切り、そこにさまざまな情報を埋め込んでそのデータをロボットと共有するというもの。ロボットが混雑した場所を回避して移動するといったことが可能になります。

「建築前だけでなく、建物が完成した後にもIoTのセンサーを使って本当に計画通りの建物になっているか、その建物をいかにアップデートしていけるかを考えるためにデジタルツインの環境は欠かせません。そのためにもBIMを活用していく必要があります」(政井氏)

都市開発とデータの新しい関係


渋谷区の澤田氏はゼネコン2社の取り組みの紹介を受け、「街の開発が進むと、環境的な負荷としてゴミの問題やビル風の問題など、事業者レベルでは解決できない課題が生じる。そういった自治体の問題を解決するためにBIMデータは非常に重要で有益」と話します。

そして、そのためには各事業者のもつBIMデータを自治体のもつデータウェアハウスに連携させるといった環境が必要になると強調。シブヤ・スマートシティ推進機構では、その実現に向けて準備を進めているといいます。

「これまで、事業者が負担していた開発協力金をBIMデータで支払うような、データに価値をつけて別の何かとトレードしていくような流れも一般化していくかもしれません」(澤田氏)

澤田 伸 氏


データ活用における課題とは?

セッションでは、データの活用にあたっての課題についても議論されました。澤田氏は、「個別のBIMデータを中で回しているだけでは価値が生まれにくい」と話します。

「これからは事業者や開発担当も地域にいかに貢献していくのかという社会的なミッションが大きくなってきています。渋谷は変化し続ける街なので、できる限り悪い変化を極小化し、良い変化を増幅していくことが必要です」(澤田氏)

豊田氏は、「静的データのBIMはどのような環境でも共通で使えることに強みがある。それに対して、動的なデータは提供方法やオペレーションが課題になってくる」と課題を指摘。それに対して湯浅氏は次のように答えました。

「建設領域でも静的なデータはありますし、建機や人のデータを捉えるための技術や大規模な可視化技術はすでに培われています。それをそのまま都市レベルに拡大できる技術が開発されてきたので、それらを活用していきたい思っています」

豊田 啓介 氏


政井氏は、「会社として所有している情報をどのように都市に還元し、どのようにフィードバックしてもらうのかも課題」だといいます。

「スマートシティの事例として先行している『バーチャルシンガーポール』では、自治体の防災や避難計画などがシミュレーションされていますが、データを提供したビル側のメリットは見出せていないので、日本発で何かできたらいいと思っています。たとえば、ビル1棟ごとに排出しているCO2の量を見える化して、デベロッパーを通じて提供するといったことは可能かもしれません」(政井氏)

沢田氏は「今後は自治体のあり方も変わっていく」と予測し、その姿を次のように語りました。

「自治体がパブリックを担うのではなく、ゼネコンも再開発事業者も市民も含め、皆でリソースやデータを出し合っていくことが、これからの成長には絶対必要です。そして、その音頭をとる役目を担うのが自治体だと考えています」

そしてその際には、各自治体がバラバラに取り組むのではなく、よいケースが生まれたらその仕組みを横展開していくことが不可欠だといいます。

「投資した民間事業者が利益分配を得られるようなモデルをつくりあげていくことが必要です。そのためのよりよいユースケースを作っていくことが渋谷区の役割だという強い気持ちをもって取り組んでいます」(沢田氏)

 

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