情熱を持った人材を育むために

このセッションは、日本でいかにメタバースのクリエイターや技術者の人材を育成していくか、そのためにどういった姿を目指し、どのような展開を繰り広げて行けばよいかについて、登壇者それぞれの立場からディスカッションが行われました。

小宮 昌人 氏:JICベンチャーグロース・インベストメンツ イノベーションストラテジスト(左) 中馬 和彦 氏:KDDI株式会社 事業創造本部 副本部長 バーチャルシティコンソーシアム代表幹事(中央左) さわえ みか 氏:株式会社HIKKY COO CQO(中央右) 根津 純也 氏:文部科学省 大臣官房政策推進室(右) 稲見 昌彦 氏:東京大学 総長特任補佐・先端科学技術研究センター 副所長/教授(上)

文科省で大臣官房政策推進室に所属する根津氏は「若手職員が持っている熱い思いやモチベーションをうまくいかすために、メタバース空間は非常に親和性が高い」といいます。
「若手職員を中心に自分の省庁を離れて自由に仕事ができる制度を作りました。その結果、メタバース検討チームを作りたいという声が有志から上がり、多くのメタバース関連会社と意見交換をさせていただいたんです。省内からも100名近い人間が集まって話を聞く機会になり、そういった場を各省庁や役所の中でも作っていければ人材育成の基盤になるのではと考えています」

根津 純也 氏

また、東京大学で先端科学技術研究センターの副所長である稲見氏は「中高生に対してのキャリア教育や社会人のリスキリングなど、メタバース世代におけるDX人材をどのように教育していくのかをトライアルしていく」といいます。
「東京大学ではメタバースを使ってどのように教育・研究していくかにフォーカスを当てています。工学部の学生を中心にバーチャル東大を作ろう!ということになり、メタバース内に東京大学を作りはじめたんです。その後、藤井総長のアバターやスタジオを作り、コロナ禍にメタバース内で講演をするなどの取り組みにつながりました」
この話を聞いて、株式会社HIKKYのさわえ氏は「東大メタバース工学部にはどのような方が入ってくるのか」と問いかけ、稲見氏は次のように答えます。
「中高生の場合、何かしたくていても立っても居られないような感じの人が多いです。そういった人材に企業はなかなかアクセスできないんですよね。東大メタバース工学部を通じて双方のつながりができるようになったのは、取り組みをしていてよかったと思える点です」
根津氏は「東大メタバース工学部は中高生の女性が非常に多い点に意外性を感じている」と述べ、「国としてもリケジョを増やさなければという政策をしているので非常に興味深い」と語ります。
「工学部に女性を増やすために工学部長がさまざまな女子校や女子学生と話をしてきた背景があります。というのも、数学に苦手意識を持ってしまうのがおおよそ中学生頃らしいんですよね。そのため、まだ興味を持っていて得意不得意を意識しない時期にエンジニアリングやサイエンスを体験してもらう教育が人材育成の観点で重要だと感じています」(稲見氏)

キーワードは「まずは使ってみよう!」

さわえ氏は自社の人材採用について「学歴は関係なく、その人は今何ができるのかをまず見る」といい、次のように続けます。
「私自身は作りたいものを夢中で作ってきて、それがいつの間にかメタバースと呼ばれるようになってきたんです。ただし、バーチャル空間でやりたいことをやってきた人たちと、会社で経験を積み効率的に動いている方たちでは仕事の進め方が違うんですよね。その文化のすり合わせをどのようにしていくのかを楽しみながら考えている最中です」
生成系AIの登場で求められるスキルは変化し、それによって教育も変わっていく必要があります。新しい技術とどのように向き合っていけば良いのか、さわえ氏は次のように語っています。
「メタバースにしても生成AIにしても、何を作るには楽しみながら企画することが必要です。そのためには、形にはまらずに考えるパワーがすごく必要なんですよね。だからこそ、クリエイターそれぞれの得手・不得手を見極めて、それぞれの強みを活かせる環境を作っていくことが大切だと感じています」

さわえ みか 氏

IT化で遅れをとってしまった日本は、もともとベースがない中で飛躍的な進化をしなければならない。モノづくりを中心に据えていた日本が今後どうあるべきか、中馬氏は次のように指摘します。
「現在の日本はDX化で精一杯なのに、メタバースや生成系AIも追わなければならないため、はっきり言ってカオスです。日本の企業はモノづくりを中心に品質と価格で勝負するのに最適化されています。けれど、インターネットの出現で産業がサービス化してしまい、いいものを作って売ればいいというわけではなくなりました。分業で役割を決めている既存の組織構造では、お客さんの多様なニーズに対応するには向いていないんです」
トレンドシフトに乗り遅れたからこそ、本質的な振る舞いや価値観の変容が必要になってくる。先進技術も多様に生み出されていく時代に技術者やクリエイターに求められる姿勢を、さわえ氏が語ってくれました。
「生成系AIや3DCGはあくまで道具であってどのように使うかは人間のスキルによります。いくら勉強してもわからないので、使ってみることですよね。まずは遊びから入って使っていけば、新たなアイディアが生まれくるかもしれません」

時代の変化に合わせた柔軟な人材育成を

中馬氏は「スタートアップの場合、社内のすべての情報が当たり前のようにチャットツールでシェアされている」と述べ、シェアされた情報自体がノウハウの塊であり、すぐに真似できる環境が整っている点が強みだと語ります。
「現段階では、3DCGの世界は特殊な人たちが作るものと思われていますが、今後は状況が劇的に変わるはずです。知識や経験、資本という点で個人と大企業には圧倒的な差があります。しかし、生成系AIをうまく使えるかどうかは、大企業も個人もさほど差はなくなるでしょう。働き方が自由になって人材が流動化したからこそ、人事施策などを組み直さなければならない時代が来るのだろうと思います」

中馬 和彦 氏

これを受けて根津氏は省庁ならではの課題についても触れます。「情報活用能力に対する基本スタンスがどんどん変わってますよね。技術は使っていくことが前提であり、まずは使ってみるように省内も考えなければと議論をしています。一方で、制度や学校現場の先生方と折り合いをつけていくことも求められます」(根津氏)
とはいえ、リスクを無視して突き進んでしまえば国民からの合意形成を得られない結果になりかねません。それは行政だけでなくスタートアップも大企業も同様なはず。それぞれの立場でもできることを根津氏が語ってくれました。
「まずは、ユニット型のように組織から切り離した方法で試し、行政もうまく取り入れていけると非常に面白いなと思いました。このような場で意見交換をさせていただき、省内にフィードバックしていくことが非常に重要だと思います」

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