レポート

第一回 MVJLAB 特別鼎談会 第四章

場所:東京大学 先端科学技術研究センター 稲見・門内研究室
ファシリテーター:一般社団法人Metaverse Japan共同代表理事 馬渕邦美
鼎談者:
MVJLAB特別顧問/カーネギーメロン大学ワイタカー記念全学教授 金出 武雄
MVJLAB長/東京大学先端科学技術センター教授 稲見 昌彦
MVJ理事/東京大学生産技術研究所 特任教授/建築家 豊田 啓介

※ 第三章 其の三の続きです

第四章:空間・建築・社会実装 ― データと現実の統合へ

稲見
建築の話が出ましたが、我々がすべきこと、あるいはスペース(空間)というものを扱う上で、最も現実的かつ喫緊の分野はやはり建築ですね。建築というか、都市を作ること。

豊田
そうですね。そこにはすでにデータがありますし。

稲見
都市自体がデータで変わっていくのであれば。

豊田
情報と物理世界のキャリブレーション(調整)や記述を合わせるのに、一番いいインターフェースですよね。

稲見
そもそもCGが一番最初に普及したのも建築でした。

豊田
直線的だからデータ数が少なくて済む、というのもあったでしょうね。
データはすでにある。ただ、それをどう階層的に使いやすくするかという問題は残っています。今の建築界でどうしても課題なのは、建築が「建築による建築のための建築」になってしまっていて。外部性や可変性をあまり考えていないのは、すごくもったいないなと。 そこをXRやAIの特異性を高めるためにどう使えるか、という議論がまさに始まっています。

稲見
日本がDXで遅れたと言われますが、「AIトランスフォーメーション」で逆転できるヒントは、そこにあるのではないでしょうか。

豊田
日本にはまだ製造業が残っています。製造業は「物の作り方」と「そのデータ化」について、工数や人の集め方といった泥臭い部分まで含めて全情報を持っている。ただ、それがまだデジタル化できていないだけです。

稲見
これまでのDXは、既存の方法論(フォーマット)にどう当てはめるかという話で、非構造化データを扱えないことがボトルネックでした。でも今はAIが「翻訳」を得意としているので、標準化されていないデータでも「なんとかしてくれる」という感触があります。

豊田
最初の話に戻れば、サイエンティストがルールの凝縮された部分をどう作るか、というコンピューター側の視点に対し、我々「物理側の人間」は、理論化できていないけれどむちゃくちゃ多様な情報を持っている。これまではデジタル言語で記述する術がなかったのが、今は「網をかけてとりあえず取っちゃう」ことができ始めている。 取ったものをそのまま扱うのか、あるいはブリッジ(橋渡し)を作るのか。この「物理側をとりあえず取っちゃう」というところに、日本の産業的な優位性はまだある気がします。

金出
今の設計では、人間が実際にその建物を使う時に便利かどうか、といったことをコンピューターできっちりシミュレーションしているんですかね? あまりしていないように思うんだけど。

豊田
していないし、できないんです。

金出
実際に行ってみて「どうしてこんな通路なんだ、もう少し広い方がいいのに」と、素人目にも分かることがよくあります。あれは気がつかないものなのかな。

豊田
建築は機能だけではなく、様々な時間スケールや主体のレイヤーがありますから。ただ、建築のすごいところは、あらゆる階層性を束ねて、1個の固定的な回答(実体)に落とし込まざるを得ない点です。 社会がマルチバース化して、人間以外……たとえばバーチャルのエージェントやAI、アバターなどが混在する中で、それぞれのニーズや認知の仕方はバラバラです。それを「とりあえず一個の建物」に統合してしまう。その強引なまでの統合が、むしろ「安心感」や価値を生むのではないかと、最近感じています。

馬渕
私の今の本業の方でこういうものを作っていまして。(画面を見せる) これは「パーソナルAI」です。自分自身の分身というか、自分のデータを全部読み込ませた、自分の反射のような存在です。長期的な記憶を持ち、自分のことを覚えてくれている。ヒューマン・ビヘイビア(振る舞い)も学習しているので、聞けば相棒のように答えてくれる。 今後は3D空間を作って、そこに彼がいて、「これをやっておいて」と言うと必要なエージェントを呼んでくれるような、認知の拡張を考えています。

稲見
まさに自分を「先回り」してやってくれるわけですね。 建築の話に戻すと、深層強化学習のロボットが多様な空間で学習するように、これは「建築家不在の時代」と言えるかもしれません。 自分の「デジタルツイン」というか「デジタルヒューマン」のエージェントが、何万通りもの生成された家の中から、面積などの制約の中で最適解を学習して、「これがあなたにとって一番良かった」と導き出す。これはまさに「深層建築」というか「生成建築」ですよね。

馬渕
そうですね。生成建築の話でいうと、空間が成長していく。お酒の話ばかりしていれば、どんどんお酒の棚が増えていくような。

金出
今の建築でいえば、人の動きを点群のようにしてフローとして捉えたりしていますが、もっと100人、1000人の「個性を持った人間」を振り込んで、本当の意味でのシミュレーションをすべきですね。使い具合だけでなく、みんなが受ける「印象」まで言わせるような。そこまでのレベルのシミュレーションができなければ、本当の設計とは言えないのでしょう。 さらに、例えばローンを返し終わる頃には足腰が悪くなっているかもしれない。

豊田
リアル空間は究極の計算機ですが、圧倒的な解像度がある一方で、エネルギー資源的にも限界があります。全人類のニーズを実空間と同じ密度でシミュレーションする必要はないし、認知限界もあってそのニーズもない。 「実空間」という価値は圧倒的なアンカー(錨)として必ずある。人間という物理的単位がいったん拡散して、環境を経て戻ってきたものを、これまでとは違う形で受け取る。その「最終的な受給(メリット)」が人間に戻ってくる経路が、無限に増えるということだと思います。

稲見
1年前は私もそう思っていましたが、アルファマ(AlphaGeometryなど)を見ると、計算爆発の話はあるにせよ、超計算による可能性を感じます。

金出
僕もね、計算の閾値が昔に比べれば全然違うと思います。かなり「できる」ようになってきた。 ランダムに試すのではなく、「そういうことが起こり得る、現実味のある範囲」を探して実験する方式が、だんだんできつつあるんじゃないかな。それはまさにフィジカルAI。つまり物理法則(フィジックス)を知っているAIなら、めちゃくちゃな探索をする必要がない。

豊田
物理側の人間から言わせれば、先生がよく言われるように「温泉に行って、浴衣を着て、塩焼きを食う」という感覚。それを一番安く実現するのは、人間が実際にそこへ行くことです。そのプロセスを全部含めた価値が、そこに収斂している。

稲見
家を建てる時に、「あと100万円データセンターに払って、将来の生活までシミュレーションしておきました」と言われたら、私はその100万円をかけるかもしれない(笑)。

金出
そうですね。コンピューターの中でもう一人の自分が生活してみるコストと、実際の手間は違いますからね。

稲見
最近、私はChatGPTに健康診断のデータを全部上げて、食事のアドバイスをもらっているのですが、意外と聞くんです。産業医に「運動しましょう」と言われても、「分かってるよ」で終わりですが、AIに日々言われると違う。 天才的な建築家は、顔を見ただけでその人の頭の中の生活をイメージできたのかもしれません。でも、それが家族全員のデジタルツインが構築された状態で作られた建物に勝てるのかどうか。ブランドという別の価値はありますが。

金出
その時のコンピューターの強みは、人間と違って「人間が考えてもいなかった範囲」の行動まで作り出せるところです。 実際の実験では「実際に起こること」しか試せませんが、コンピューターの中では「実際には起こらないけれど、少し外れた想定外のこと」を実験できる。これこそが、数以上に本当の意味での強みだと思うね。

稲見
データの「ロングテール(稀な事例)」ですね。実世界には存在しないけれど、見落としたら致命的なアクシデント。それを経験として埋められる可能性がある。

豊田
ただ、建築はとにかくデータが大量に取れない領域です。情報平面での可能性は無限でも、対応するキッチンの寸法が規格になかったりすればコストが無限に上がってしまう。 結局、現実世界の「産業」がその精度で追いついてくれないと、選択肢に意味が持てなくなっちゃう。可能性は無限に広がっても、現実の制約はやはり出てくる……と、現実的な話をするとこうなっちゃいますね。

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