ミュージアム変遷の歴史と現在地
このセッションではXRを活用した最先端の展覧会「まちなかミュージアム」の取り組みについて、語られました。
ゴッドスコーピオン 氏:株式会社STYLY Media Artist
株式会社STYLYのシニアアートディレクターのゴッドスコーピオン氏は、「われわれがXRに取り組んで10年。ようやくまちなかでミュージアムができる土壌ができあがった」と語ります。
「画像認識やボディートラッキングの技術の発達により、一個人の身体的物理的な情報を取り込み、別の形で表現できる可能性が広がりました。また約2年前にGoogleが公開したAPI『geospatialcreator』により都市の特定の場所にオブジェクトを設置して表現できるようになったことも大きいと考えています」
セッションの中でゴッドスコーピオン氏は、ミュージアムの様式の変遷を紐解きました。まずミュージアム第1世代は、上流階級がプライベートで収集した秘蔵の品を展示する「宮殿式」。これは一般の人が見ることはできませんでした。そして、第2世代になると、一般人も鑑賞できる「美術館式」になります。
さらに、近代以降には、真っ白な立方体の空間にアートを設置する第3世代「ホワイトキューブ式」の展示方法が確立します。そして、金沢市の「21世紀美術館」に代表されるように建物自体がアートとなっているものが第4世代です。
第5世代以降では、XR技術を活用した没入感の高い展示が行われるようになります。
「第5世代の「デジタル・イマーシブ型」では、VRをはじめとしたより没入感のあるアート体験が追求されるようになります。そして、現在地となる第6世代は「周辺環境を取り込む共生型」といえます。VPSや自己位置推定技術などの技術が進歩したことで、周辺環境を取り込み、都市自体を展示会場としたミュージアムを実現できる環境が整いました」
都市自体を展示会場にする「まちなかミュージアム」
新世代の展示方法を活用した展覧会として2023年に開催されたのが、渋谷駅周辺を舞台にした「AUGMENTED SITUATION D」です。
このイベントでは、渋谷のCCBT(シビック・クリエイティブ・ベース東京)で、作品の場所を記載したハンドアウト(印刷物)を配布。街の空間にXRコンテンツとして設置された作品を、”作家がその場所をどんな風に世界で見たのか”といった情報とともに鑑賞できるようにしました。
たとえば、建築家チーム「GROUP」による作品は、「渋谷の手入れ」がテーマ。渋谷の上空に水が流れ、それがナビゲーションとなって別の作家の作品まで案内します。
「AUGMENTED SITUATION D」の展覧方式は、伝統芸能「能」の形式に着想を得ているといいます。
「展覧会を開催するにあたって、実際にアーティストやキュレーターと共に渋谷を散策するうちに、猿楽塚という古墳を見つけました。猿楽は能の原型と言われています。猿楽をリサーチする中で、1200年代に世阿弥が確立した夢幻能の形に行き着きました。
夢幻能は脇役のワキ方と主役のシテ方の2人が演じます。夢幻能のワキ方のほとんどが僧侶などの旅人です。ワキ方が旅をしていると、突然その場所にゆかりのある神様や天女などのシテ方が現れます。シテ方は情念を語り終えたら、どこかに消えます。ワキ方もまた別の場所へ旅立って行きます。この能の構成をベースに展示会全体を作りました」
その“場所”の文化や歴史を再発見する場
ゴッドスコーピオン氏は、「AUGMENTED SITUATION D」の特徴を3つにまとめました。
・渋谷区内10ヶ所でXRを活用した日本初の都市回游型展覧会だった。
・現代美術家だけでなく建築家やファッションデザイナー、アニメーターなど様々なバックグランドを持つ作家が参画した。また、歌う、絵を描く、ARを作るなどのワークショップを通じて市民も参加した。
・各作家のどのように都市を見たかという都市の解釈の可視化、町の中にある何もない道路であっても、作家の視点によって特別な意味のある場所になる、形を超えた世界が展開する面白さがあった。
さらに、まちなかミュージアムを実施する上でのポイントを2つ挙げました。
1つ目は“先進的な取り組みとしての展覧会”として、「XRを活用したアート表現にはどのような可能性があるのか?」「街とXRを掛け合わせるとどのような発展性が見込まれるのか?」という問いに対する実証実験として取り組みむこと。
そして2つ目は、“市民が参加できる展覧会”として、作品制作のプロセスや作品自体に市民が関与する余白を持たせることの重要だと話しました。
「XR作品制作に必要な一般公開されているサービスを利用し、展覧会終了後も、市民がXRを活用した作品制作にチャレンジできる環境を提供することです」
最後にゴッドスコーピオン氏は、「まちなかミュージアムとは、その場所の文化や歴史を新たな視点を通して再発見し、体験する場です」と定義して、セッションは終了しました。