「メタバース工学部」の一番人気はメタバース講座


地方創生にも密接に関係する「教育」。このセッションでは、メタバースの活用が広がることで、教育はどのように変わっていくのかについて議論されました。

馬渕 邦美 氏:PwCコンサルティング合同会社 パートナー 執行役員 元 Facebook Japan株式会社 執行役員(左)
松尾 豊 氏:東京大学 教授(中央左)
玉城 絵美 氏:H2L CEO/琉球大学工学部/教授(中央右)
加藤 直人 氏:クラスター株式会社 代表取締役CEO(右)


松尾氏は、東京大学が2022年秋にスタートした「メタバース工学部」の目標を、多様な価値観を尊重することや、中高生に情報工学の魅力を知ってもらうこと、社会人にリスキリングの機会を提供することだとしたうえで、現在の状況を紹介しました。

「中高生を対象としたジュニア講座のうち、一番人気の『メタバースを作ろう』には1000名近くの応募がありました。また、社会人向けの講座では、約400人が受講するAI講座のほか、アントレプレナーシップ、次世代サイバーインフラ、Python基礎といった講座を開講しています」

松尾 豊 氏


玉城氏は、自身が研究する「固有感覚」について次のように説明します。

「物を握ったときに感じる『抵抗覚』、物が手のひらに乗った感覚などの『重量覚』、手指を伸ばしているなどの『位置覚』といった、能動的で臨場感のある体験共有に必要な感覚を固有感覚と呼んでいます。人が外部世界と繋がるためのこれらの感覚を共有し、新しいユーザーインターフェースとして提案していく取り組みです」

固有感覚を共有することは、たとえばプロのゴルフのスウィングを初心者に共有して力の入れぐあいを学ぶといった、スポーツトレーニングにも活用できる可能性があるといいます。

また、加藤氏は、「メタバースはゲームのイメージが強いけれど、clusterではゲームで遊んでいる人は少数で、メタバース空間内のバーに集まって雑談をするような使い方が主流」と明かします。

「今後数年で、メタバースネイティブ・バーチャルネイティブといえる世代が出てくると思います。この世代の子どもたちは、コミュニケーションのための空間そのものも、そこで遊ぶものも自分たちで作ります。デジタルネイティブのさらにその先という感じですね」(加藤氏)

加藤 直人 氏

 

メタバースが教育にもたらす効果は?


メタバースが教育にもたらす効果について、玉城氏は次のように話します。

「『メタ』は超越しているという意味なので、現実世界を超越する効果がなければいけないと思っています。メタバースでの体験共有によって高い教育効果が得らるようになれば、地方から優れた人材が生まれてくることも増えると思います」

玉城 絵美 氏


加藤氏は「データが勝手に貯まっていくのがメタバースのいいところ」と話し、それらのデータについて、さまざまな活用の可能性を探っているといいます。さらに、メタバースを活用した教育について、次のような可能性を示唆しました。

「メタバースで教育をするというと、『バーチャル空間に子どもたちと先生がアバターで入って授業をする』というイメージになりがちですが、もっと自由にやっていいと思っています。たとえば、歴史の授業で応仁の乱を学ぶときに、当時の京都を再現した空間に皆で入ってみるということも可能かもしれません。情報を効率的に子どもたちにインストールしていく部分は、メタバースで面白くできると思っています」

AIの活用で教育はどう変わるのか


セッションでは、ChatGPTなどのジェネレーティブAIが教育にどのような影響をもたらすかについても議論されました。松尾氏は、「教育におよぼす効果は大きい」と前向きな期待を寄せます。

「AIを使うことで、わからない部分をふまえて説明したり、わかっている部分まで戻って教えたりといった、より生徒に合わせた教え方が可能になるはずです。そこにメタバースを組み合わされば、すごく面白いことになると思います。情報をインストールするという意味では、より効率化されていくのではないでしょうか」

一方で、社会性や倫理観などの教育は、それらとは別に考える必要があると松尾氏は指摘します。それに対して玉城氏は、「インタラクション(相互作用)性」をキーワードに、次のように話しました。

「物事をどう考えるか、体験したものをどう能力として身につけていくかの部分は、インタラクション性が重要になります。先ほど、clusterのバーに人が集まるという話がありましたが、これもインタラクションが高いからだと思います。メタバース上で倫理観を話し合えるくらいのレベルでインタラクションを行えるようになれば、人間もAIも成長するよい循環が生まれると思います」

 

教育機関はどう差別化していく?


メタバース上に教育機関の役割を果たす場所が生まれ、必要に応じてAIボットなども使いながら教育を行う状況が生まれると、教育機関同士の差別化がしづらくなる可能性があります。その際の差別化に必要になる要素として、松尾氏は「ほめ方」をキーワードに挙げます。

「成績のいい子どもの場合、褒められたことがうれしくて勉強を頑張り、さらに成績が上がるという好循環が起きていると感じます。適切なタイミングで適度にほめることが、潜在的な能力を引き出すためにとても重要だと思っています」

玉城氏は、「教わる側が選ぶ時代になる」と予測します。

「ジェネレーティブAIの進化によって、ユーザーが自分の求めるものを自分で作る『ユーザー自身が提供者』という状態が実現します。それは教育も同じで、生徒側が『どんな先生に教わりたいか』『どのように教わりたいか』を自分でクリエイトしていくようになるかもしれません」


セッションの最後には、各登壇者がメタバースと教育の未来について、それぞれの展望を語りました。

「AIとメタバースと教育にどんな未来があるのかは、私自身まだ想像しきれていない部分もありますが、面白いことに取り組み、いろいろな人に学びの機会を提供することにつながっていけばいいと思っています」(松尾氏)

「今日のテーマは地方創生ですが、地方には地政学的にも地理的にも特徴があります。それぞれの地域の特徴に応じた学びを獲得していくことが大切なのだと感じました」(玉城氏)

「メタバースの根幹にはゲーム産業で培われた技術があります。日本はゲーム産業が強い国で、ゲームクリエイターは子どもたちの憧れの職業になっていますが、その一方で、子どもがゲームをすることを歓迎しない保護者も少なくありません。そういった意味で、メタバース内でゲーム的な体験をすることが教育的な価値をもち、将来につながっていけばいいなと思っています」(加藤氏)

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