■オープンイノベーションで作られた『バーチャル渋谷』

2020年5月に国内初の自治体公認のメタバースとして作られた『バーチャル渋谷』。スタートのきっかけについて、中馬氏はこう振り返ります。

「もともとこの時期に、攻殻機動隊の新作タイトル発表に合わせて渋谷の街にARコンテンツを出現させる企画がありました。ところが緊急事態宣言で街に人が来ることができなくなってしまった。そこでVR空間に渋谷の街を作り、用意していたコンテンツを見られるようにしようという話になり、渋谷区とKDDI、クラスター社が協業してオープンイノベーションで一気に作り上げました」

本来は一時的な利用で役割を終えるはずだったものの、コロナ禍で従来の営業ができなくなった店舗や企業から多くの企画が持ち込まれたことで継続が決定。3年間で100万人以上が訪れる空間へと成長しました。

中馬 和彦 氏
KDDI株式会社 事業創造本部 副本部長 兼 Web3事業推進室長

「バズワードから始まったのではなく、目的が非常にはっきりしていて、その手段として選んだテクノロジーがたまたまメタバースやデジタルツインだったという点が特徴的だと思っています」(中馬氏)

自治体として初の公認を行った渋谷区長の澤田氏は、前例のない相談を当時どのように受け止めたのか。

「渋谷には2000を超えるスタートアップ企業が集まり、複数のユニコーンも出ています。常にファーストペンギンとして新しい制度を作っていくことが社会的なミッションであり、街としての誇りだと思っています。実は私は大阪出身なのですが、大阪には『やってみなはれ』という言葉があります。まさにその発想で進めました」(澤田氏)

澤田 伸 氏
渋谷区 副区長CIO

■『バーチャル大阪』は、あえて抽象的な表現を採用

大阪府・大阪市では、2021年12月に『バーチャル大阪』をリリース。これは2025年の大阪・関西万博に向けて、大阪の魅力を発信、創造する場としてスタートしたものです。

中馬氏はその特徴について、「バーチャル渋谷が実際の街を忠実に再現している一方で、バーチャル大阪は道頓堀と大阪城と海遊館が1か所に集まるなど抽象的な表現になっている」と話します。

バーチャル大阪を監修した佐久間氏は、抽象的な表現を使う理由についてこう説明します。

「渋谷に比べて面積が大きく人口も多い大阪府をバーチャル化するとなると、一部のエリアだけを再現したのでは疎外が起きてしまいます。たとえば道頓堀周辺だけを作ったら、他の地域の人は『自分のまちではない』と感じてしまうかもしれません。道頓堀も大阪城も海遊館も、いろいろなものがある大阪市内を再構成、抽象化して1か所にまとめることで、多くの人に“自分ごと化”してもらえるようにしていただくようお願いしています」

佐久間 洋司 氏
大阪大学 グローバルイニシアティブ機構 招へい研究員、2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)大阪パビリオン推進委員会 ディレクター、「バーチャル大阪」監修

ただし、バーチャル渋谷やバーチャル大阪のようにスムーズに進むケースばかりとは限らないそうです。中馬氏の元には多くの自治体から「バーチャル渋谷のようなサービスを始めたい」という相談が寄せられているものの、実現しないケースも多いと言います。

「話が進まない要因として大きいのが、自治体や商店街の方など関係者の話がまとまらないことです。そういった意味で、若い佐久間さんに一任した大阪は本当にすごいと思います。渋谷の場合も、オープンイノベーション型で地域を愛する人たちが集まって作ったことにより短期間で進めることができました。このようなきちんと推進してくれる人いるケースでは、うまくいくと感じています」(中馬氏)

■今後の自治体にとって必要なことは?

佐久間氏は、バーチャル大阪および大阪・関西万博に向けた今後の取り組みについて、こう意気込みをみせます。

「自治体や企業がメタバースを導入する場合は具体的な目的が重要になるかもしれませんが、大阪・関西万博に向けての取り組みについては、まだメタバースで何ができるかわからない段階の人たちにもオール大阪としてどんどん入ってもらいたいと考えています。ユーザ自ら文化を作っていく、UGCの枠組みを作り、新しい大阪の姿が創発する場にしたいと思っています」

長田 新子 氏(左)
一般社団法人渋谷未来デザイン 理事・事務局長

そして、澤田氏と中馬氏は、これからの自治体がメタバースをはじめとした新しい取り組みを進めていくうえで重要なことについて、それぞれ次のように話しました。

「組織が発信する情報より個人が発信する情報のほうが重要になるケースはすでに増えていますが、今後はさらにそれが進み、“サービスを提供する側”“サービスを受ける側”という発想もなくなると思っています。そのなかで、メタバースやそれに基づいて進められるオープンイノベーションを皆で楽しむことが重要だと感じています」(澤田氏)

「自治体でも企業でも、市民やお客さまとのコミュニケーションはこれから大きく変化していくと思います。発信した情報が誰に届いているのかわからない状態から、SNSによって少しずつ見えるようになり、今後はよりリアルな実態として共有できるようになっていくはずです。この流れに乗ることは必然ですし、そういった変化が起こる前提で組織を変えていくことが必要です。ぜひ“やってみなはれ”の精神で取り組んでいただけたらと思っています」(中馬氏)

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