コロナ禍で高まったバーチャルへのニーズ

馬渕氏は、技術の進化や新しいアプリケーション、例えばAIエージェントのような新機軸がメタバースの一部として機能することによりメタバースやバーチャル空間の価値が高まり、可能性もより広がってきている「今」について語りました。一方で「一般的な認知度が向上し期待が高まったためか、「『メタバース冬の時代』などとネガティブに取り上げる向きもある」と現状における課題を提起します。

馬渕邦美 氏:一般社団法人Metaverse Japan 代表理事/デロイトトーマツコンサルティング パートナー/一般社団法人 Generative AI Japan理事(左)/ 若宮和男 氏:株式会社メタバースクリエイターズ CEO(中)/ 中馬和彦 氏:KDDI株式会社 オープンイノベーション推進本部 本部長(右)

「街に人っ子一人いなくなってしまったコロナ禍の影響は大きい」と中馬氏。

「『メタバース元年』のタイミングは、本来2024、2025年、まさに“今”のタイムフレームと合致するはずだった。ところが2020年のコロナ禍によって“人恋しさ”から、多くの人がバーチャルでのコミュニケーションを求めるような状況へと変わった。そのため、テクノロジーや端末スペック、またAIなどすべての要素がうまく揃っていない状況、キャズム(溝)以前の状態でユーザーのニーズが先に来てしまった状態」と続け、ここ数年、一気に加速した「メタバースブーム」の背景について解説します。

だからこそ、コロナ禍の閉塞感がなくなった今、リアルにおける“メタバースの必要性”がわかりづらくなってしまったのだとも。

若宮氏は、「ネガティブな要素を感じるどころか、その熱気は増すばかり」と語ります。

「特にユーザー同士が自由にワールドやアバターを創造し、楽しむことでコンテンツが増えていくUGC型のVRChatやRobloxは盛り上がりを見せています。AIエージェントといえば、当社でもお気に入りのアバターやキャラクターの3Dモデルを配置するだけで、NPCとして活発に動き回るシステムの提供を開始し手応えを得ています。コロナ禍を経て、大人たちはアバターソーシャル・アバターコミュニケーションから実際のオフィスに戻っていったけれど、Z・α世代にとってアバターコミュニケーションは身近で当たり前の存在として浸透しているんです」

さらに、このジェネレーションは、「アイドルなどに関しても、VTuberやすとぷりのように“生身の体よりアバター”という流れが来ている」と若宮氏。「『メタバース元年』に込められた過度な期待と関係なくユーザー数も右肩上がりで伸び、実体経済化しているタイミングであると肌で感じています」

若宮和男 氏

中馬氏からも、「ようやくメタバースに必要な要素が揃った」と指摘がありました。「コロナ禍が終わり、AIが出てきて今ちょうど先述したテクノロジーや端末スペックetc…さまざまなものが惑星直列になった時期なのではないでしょうか。改めてAIが来たことによってメタバースやUGCが活性化する要件が整ってきたと感じます」

テキスト中心からマルチモーダルへ進化したAI

一方、Y Combinatorのリストを見ると採択された内の約4分の3がAI関連企業という状態で、投資という側面からは「生成AI」がトレンドになっているように見える、と馬淵氏。また、BtoBの数に比べ、BtoCが少ない傾向にあるのではないか、という洞察が述べられます。

馬渕邦美 氏

「生成AIがトレンドとなった状況はいったん落ち着いている」と若宮氏。基盤モデルであるLLMが世界で爆発的に普及した結果、多くのプレーヤーが出てきたものの、現在はある程度ビッグプレーヤーに収れんされたと現状を語ります。「その後、ミドルウェアやアプリケーションのレイヤーに投資が移ってきていて、現在はアノテーション技術やデータ整形・処理、セキュリティ領域がメインとなっています」

さらに、テキストベースのAIからマルチモーダルAIに移行している状況をうけ、「UIがテキスト中心からマルチモーダルになると、ジェスチャーや表情、つまりアバターを使った対面のコミュニケーションが重要になってくる。今後もUIは変わっていくだろうという認識のもと、AIエージェントやアプリケーションレイヤーでもそのトレンドが急速に進み、もっと注目されていくはず」との見方を示しました。

「AIが賢くなって頭脳ができたことで、”体を持つ意味”が出てきました。マルチモーダルになったことで、ジェスチャーなどを理解できるようになり、アバターを動かすこととロボットを物理的に動かすことがつながっています。一時はコスト面から敬遠されていた、

ハードウェアやロボット、無人化や自動化に関連する投資が急増しはじめています」(中馬氏)

中馬和彦 氏

メタバースにおける「エモさ」の重要性

さまざまな要素が相互作用し、メタバースやAIエージェントが新たな経済圏への扉を開こうとする中、ネクストステップにあたってのスタンスや具体的な取り組みを含めて、馬淵氏から質問がなされました。

若宮氏は「メタバースにおいては、コンテンツにお金を落とすのは、「推し」のように感情の部分が大きいと考えている。例えば、私たちの会社が販売するお気に入りのアバターと一緒に暮らせるシステムには、まさに『推し活』」と、結果的には「エモさ」、つまり感情がユーザー動かす事実を強調。

そのうえで、「完全な受け答えよりも、不完全さも感じられるような“ちょっと手前のレベル”のキャラクターのほうが愛着が湧きやすいと考えている」と言います。「昔ブームになったシーマンのような、ちょっとしたコミュニケーションのズレが逆に魅力になることもありますし、家族型ロボットのLOVOTなんかもその一例です。そんな”半歩手前”の存在について、クリエーターとさまざまなアイデアやプロジェクトを進めていきたいですね」

中馬氏からは、インダストリー面での今後を次のように語りました。

「従来は製品が市場に普及する手前、キャズムを“超えた後”に動けばいいという考えが定着していた。しかし、スマホ以降、インターネット以降の時代は、基本的にデータドリブンな世界になっているということを覚えておく必要がある」と語気を強めます。

「例えばGoogleはPCからモバイルへのシフトをいち早く捉え、他の競合を排除してドミナントになりました。要は先行者が勝つビジネスモデルです。AIとメタバースも同じで実際に使ってデータ溜めてオペレーションを回して知見を貯めていかなければ。楽しみながら、持続的に取り組む覚悟が求められるのだと実感しています」

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