テレビ局のアセット×メタバースの組み合わせの可能性
このセッションでは、テレビメディアとメタバースの掛け合わせで生まれる新しい体験の可能性について、テレビ朝日の横井氏とテレビ東京の大木氏がそれぞれの立場から語りました。
横井氏はまず、テレビ局のアセットとXRの組み合わせの事例として、2018年のミュージックステーションでの三浦大知さんの演出を紹介。
「実際のスタジオセットのスクリーンに映し出されたLED映像とARをリアルタイムに連動させて、現実世界のように見えるような新たな空間表現を生み出しています」
「メタバース六本木」では生放送との連動を実施
また、テレビ朝日は仮想空間「メタバース六本木」を運営しています。バーチャルなテレビ朝日を中心に六本木ヒルズを周遊できる巨大な構造で、すでに100回以上のイベントを開催。来場者数は100万人を超えているとのこと。その特徴として横井氏は、「地上波放送とメタバースの連動」を挙げます。
これは、生放送と同時にメタバースをオープンさせ、番組放送中にメタバースでも連動したコンテンツを提供するというもの。たとえば、「クレヨンしんちゃんメタバースワンダーランド」では、1回のイベントで3万人を超える来場者があったといいます。ただし、「イベントを実施しないと人が集まらないことがメタバースの課題」だと横井氏は語ります。
セッションでは、バーチャルとリアル、そしてメディアの融合を実現したユニークな取り組みとして、世界水泳のメタバースも紹介されました。「世界水泳2023」の大会でバーチャルキャラクターをPR大使として登場させ、TVCMやSNSメタバース内のアバターなど多面的に展開。大会当日にはリアル会場にARでキャラクターを登場させるとのこと。
「池袋ミラーワールド」はリアルを再現した空間を展開
大木氏は、テレビ東京のメタバース事例として2021年3月から2023年5月まで開催した「池袋ミラーワールド」を紹介しました。池袋のある豊島区ではもともと、漫画を中心に区を盛り上げようという動きがあったことから、イベントは常に開催されていたそうです。その下地に加えて地元企業の協賛もあり、地域密着放送連動の空間として始まりました。
ところが、リアルにあるものをデジタル空間で再現する形の運用では、夜になると人通りがなかったり、イベント実施時以外は人が来なかったりといった課題が浮き彫りになりました。
「その課題を解決するにはリアルを諦めてファンタジーを作らなければならない」という大木氏ですが、リアルにこだわりのある地元企業や商店街の理解を得る必要があり、イベントは現在、停止している状況です。
「広すぎる」メタバースの課題とは?
一方のメタバース六本木は、「ファンタジーとリアルの間に位置する」と横井氏はいいます。じつは、当初は小さく作り過ぎてしまい、一度全体を作り直しているのだそう。ここから話題はメタバース空間の「広さ」にフォーカスしていきます。
「メタバース池袋を歩いてみると距離が長く感じる」との横井氏の指摘に対して大木氏は、「協賛してくれるスポンサーがいる限り街が広がる」と事情を明かします。
「テレビ東京のアド街ック天国は、リサーチャーが調べることのできる範囲が1回の放送対象ですが、メタバースは営業が集められる領域が空間の範囲になります。ある意味広すぎるのが課題です」(大木氏)
それに対して横井氏は、「メタバース六本木でも、メインアリーナでイベントを開催しているのにユーザーは違うところで遊んでいるといったことがある」と、空間が広すぎることで生じる課題に同意しました。
これからの放送局とメタバースの可能性
「今は放送局各社ともに放送事業の視聴率低下に苦しんでおり、新しいリソース探しが必要な局面。今までのマインドをリセットして新しいモデルを考える必要がある」と指摘する大木氏。
それを受けて横井氏は、「今までの放送では視聴率が最重視されていたが、メタバースがあることで違う評価軸が生まれたり、濃いファンを生み出したりできる部分も大きい」と期待を寄せます。
「今後はテレビ局の人間も、ファンと同じくらいマニアックになっていく必要があります。たとえば卓球などは、どのポジションにカメラを置けば球がきれいに見えるかを協議しながら決めています。見ている人以上にオタクになっていくことにトライするなど、マスを取るのとは違う視点も必要になると思います」(大木氏)
「テレビ局が昔オタクと思っていたものは、もうオタクではなくなりつつあります。様々な文化に敬意をもち精通してメタバースに参入するのが、これからテレビ局がおこなっていく一つのストーリーだと思いながら活動しています」(横井氏)