製薬会社が抱える課題と中外製薬が描く未来


中外製薬が製薬会社としてどのような課題感を持ち、どんな世界を描いていこうとしているのか、志済氏はこう語ります。

「新薬はアイディアの着想から動物を介した臨床試験など、開発する上で合計10〜15年の長い年月と多くのプロセスを踏む必要があります。また、時間をかけて開発しても、世の中へ送り出せる成功率が低確率な点も大きな課題です。さらに、品質の高い新薬を継続して開発することを求められるため、結果として莫大なコストもかかってしまいます」

志済 聡子 氏:中外製薬株式会社会社 上席執行役員 デジタルトランスフォーメーションユニット長

これら3つの課題をクリアしていくことが、創薬に主軸を置く会社として無視できない課題であると志済氏は言います。

また志済氏は、中外製薬が描く世界観として次のように述べます。

「医薬品会社は、中外製薬のように革新的な医薬品を多く世の中に出していく企業と、ジェネリック薬品のようにヘルスケアコストを下げる後発医薬に主軸を置く企業に2分されていきます。中途半端な立ち位置では勝ち残れないため、抱える課題をAIやweb3などの先端技術を駆使して克服するのが私たちの大きな期待です」

 

ヘルスケア・医薬品産業におけるweb3の活用


医薬品産業だけでなくヘルスケア分野まで目を向けたとき、予防から病気の診断、そして病気に対する治療などをweb3の技術でカバーできるようになると志済氏は言います。

「オンライン診療やVR治療、デジタル通院、バーチャル空間での手術トレーニングなど、テクノロジーをヘルスケア領域に取り入れる事例は増えています。また、今まではわからなかった疾患のメカニズムや薬を処方した後の予後、患者さんのQOLなどは、デジタルバイオマーカーと呼ばれるアプリやデバイスを活用することでモニタリングが可能です。その結果、創薬力をさらに上げていけると感じています」

同社では、2030年を目標に「TOP i 2030」という成長戦略を描いています。そのビジョンについて、志済氏は次のように語ります。

「先にお話ししたとおり、従来の創薬研究は多くのプロセスを踏む必要がありました。ここにデジタル技術を掛け合わせれば、よい薬を今まで以上に早いサイクルで世の中に送り出すことが可能になり、今までにないイノベーションを医薬品産業から起こせると思っています。たとえば、特定の疾患にかかった患者さんのモデルを作って医薬品の有効性を実験するなど、よりリアルなデータを使った研究を重ねることで、中外製薬が磨き続けている創薬技術を世界最高水準まで持っていけるはずです」

技術を世界最高水準まで持っていくためには、事業そのものの効率を見直す必要があります。そこで鍵となるのが、デジタルトランスフォーメーション(DX)だといいます。

「DX構想を1枚の絵にすると、電子カルテを中心としたリアルワールド情報の活用や工場のデジタル化など、下支えする基盤を構築していくことが重要です。その結果、バリューチェーンの効率化やデジタルデータを活用した革新的な医療品創出が可能となっていくのだと思います。」(志済氏)

 

医療分野において「個が主役になっていく世界」


価値創造の空間として、web3やメタバース空間が活用され「個が主役になっていく世界」になると志済氏は言います。

「従来は病院や大企業が医療情報の主導権を持っていました。しかし、web3によってデータの主導権が患者さんへ移り、主体的に行動していく未来があるのではないかと考えています。患者さんが今まで病院に預けていたヘルスケア情報を自分で所有するようになり、自身にあった治療を選んでいける。さらには、患者さん同士が繋がるDAOのような組織ができ、情報交換の場や臨床試験へ自身のデータを持っていくなど、主体的な世界が来るのではないかと期待しています」


しかし、医療情報の取り扱いにおいて、web3やメタバースを活用するには課題も多いと志済氏は語ります。

「個人の医療情報を自由に使うには、現在でも社会的な合意形成が取れておらず、抵抗感を示す方が多いように感じます。抵抗感を和らげるためにもセキュリティの高度化など、技術を磨いていく必要があるでしょう。また、企業の中にメタバースやweb3に詳しい人材が少ない点が大きな悩みです。デジタルスキルに関するリスキリングは進んでいますが、メタバースやweb3の理解はハードルが高く、どのように人材を育成していくかが大きな課題となっています」

最後に、これらの課題を解決するためにも、中外製薬として社内外でのユースケースを多く作っていきたいと志済氏は言います。

「社内はもちろん、自治体との関係づくりの一環としてヘルスケアに関わる実証実験を共同で行っていきたいと思います。ユースケース作りに製薬会社として参加させていただくよう働きかけ、その上で多くの方々とコラボレーションしていきたいと考えています。2030年を目前に控え、中外製薬は会社全体でDXをどう推進していくか、また組織をどう変えていくかが求められています。結果として、社会にどのような変化を与えられるか、大きなビジョンで戦略を立てて創薬領域を強化していきたいですね」

TOP